◉亘理郡山元町/普門寺
東日本大震災犠牲者供養塔
慰霊碑を建てたのではない。自然に慰霊碑になっていった。震災直後、散らばっていた瓦礫や砂のなかに混じっていたお骨を積み上げ、寺で被災したお地蔵さまを重ねていったら砂山ができた。そこに観音様を乗せた。元々は「骨塚」である。学生ボランティアたちがふるいでお骨と砂を分けて、お骨を観音様の足元に納めた。この地域で被災した家の庭石などを集めて、崩れないように土留めにした。慰霊塔は出入りの石材店が寄贈してくれた。お地蔵さまは、たくさんの人が亡くなった旧山下駅前で毎年3月11日に鎮魂の祈りを捧げている檀家の方々が納めてくれている。いずれは塚の上が全部お地蔵さまで埋まるのだろう。まだ完成してはいない。地域の人たちの思いが積み重なって、これからも変わっていく慰霊碑だ。塚の右側には、震災で命を落とした動物たちも眠っている。
震災後、常磐線から海側は立ち入り禁止になった。建替え中だった普門寺も解体が決定していた。片づけをしていたところにやって来たボランティアたちと一緒に活動するうちに気が変わった。今建っている建物は、彼らと一緒に全部手造りしたものだ。町のボランティアセンターとは別に、「お寺災害ボランティアセンター」略して「テラセン」を立ち上げ、その活動は今も続いている。
近くにあった養護老人ホーム「梅香園」で約70名が犠牲になった。その場所は整備事業で慰霊碑が建てられないため、平成29年3月11日に寺の向かい側に建つことになっている。寺に限らず、慰霊碑は様々な場所にある。