◉東松島市/法昌寺
震災物故者慰霊碑 絆観音
国道45号線や仙石線よりも内陸にある寺だ。ここに住んでいると、海がこんなに近いとは感じなかった。だから津波がここまで来るとは思わなかった。鳴瀬川河口が決壊して押し寄せて来た津波と、大曲浜地区を襲った津波が2方向から合流し、西のほうに流れて行った。西側が山になっている法昌寺の境内が津波の最終到達地だった。
幸い床上浸水にはならなかったので、すぐ避難者の受け入れが出来るよう準備をした。その晩は約30名が避難し、翌日から避難所になっている小学校や中学校へ移動した方もいれば、1ヶ月くらいここで過ごした方もいた。また、高齢者など避難所で暮らしにくい方々が自宅に避難していた。市役所から寺に食料や避難物資を届けてもらうように手配し、ここからそういった自宅避難の方々に物資を配って歩いた。
平成15年に宮城県北部地震があった。震度6の地震が1日に3回も起きた。その時にお墓の耐震工事をしていたため、今回の地震で倒れた墓は1基もなかった。檀家は27名が犠牲になり、石材店が重機を動かせるようになるまで、本堂で遺骨を預かった。